東京をはじめとした都市は、区画整理や交通網整備などにより、無駄なく合理的にデザインされています。それはつまり人間にとって都合の良い最適な場所とも言えますが、私は、東京での暮らしになぜかずっと居心地の悪さを感じていました。「湧き上がるようなワクワクが、自分の中から失われているような気がする」「ここは人間が生き生き過ごせる場所ではないのかもしれない」。忙しくパワフルに働く中で、都市の恩恵を最大限に享受してきた自覚はあります。しかし、この不思議な違和感が消えることはなく、これはどこからやってくる感覚なのかと考え続けていたのです。
違和感の正体が明らかになったのは、当時10年近く携わっていた、音楽領域における新規事業の開発の仕事を通じて、でした。仕事を深めるにつれ、そもそも音とは何か?!とまで追求する中、人間の鼓膜が聴き取れる領域(20kHzまで)には限界があることや、聴こえない領域で受け取る振動の存在について。そして、自然の中にこそ20kHzを超えた音が多く存在しており、その微細な振動は、皮膚細胞から脳に良い影響を与えるという実験結果に辿り着いたのです。
都市は、利便性を追求するあまり、自然界の中に身を置けば感じるはずの、草木のそよぐ音や川のせせらぎ・鳥のさえずりなどが発する様々な空気の微細な振動を、意図的に排除して作られてきた。それは、人間にとって異常な環境なのだということを知りました。緑化計画などで草木が持ち込まれると、一見たくさんの緑があるようですが、そこに自然の原音は存在していなかった。私が感じていた違和感は、自然の音が存在しない状態の空気感から生まれたものでした。「人間が居心地よく生きていくためには、自然の音が必要不可欠なんだ」。以降、『人々が暮らし・働き・学ぶ都市空間に、失われた自然をどう取り戻すのか』が、私の使命になりました。
ちなみに、スタジオジブリの映画『もののけ姫』との出会いも、使命が明確になる後押しに。「都合よく自然をコントロールすることなどできない。人間は自然と共存しなければ生きてはいけない」。映画を通じて、自然への畏敬の念とともに、自然という存在がどれだけ人間にとって欠かせないものなのかということが、深く心に刻まれました。
最近では、例えばオフィスデザインなどの空間開発ひとつにしても、レイアウトや色づかいだけではなく、自然を感じられる環境を整える『バイオフィリックデザイン』を重視した事例が増えてきました。これは、観賞用植物を多用したり森林の香りを楽しんだりといったレベルを超えて、多くの人が自然との共生を生き物としての本能が求めている結果だと思います。
そして、オリジナルで生み出した音響空間デザインシステム『R-LIVE』はまさに、『バイオフィリックデザイン』において重要な役割を果たすアイテムになりつつあります。『R-LIVE』はhigh-resolutionというテクノロジーによって、通常では聴こえない20kHz以上の森の原音を録音し、日常生活空間での再生を可能に。本当の意味での人間の居心地の良さの実現に、成功したからです。
ただし、私が今感じているのはこの『R-LIVE』の開発がゴールではないということ。驕らず謙虚に、変化し続ける自然と人間の姿を見つめることで、この先また違ったアプローチが生まれるかもしれません。『人々が暮らし・働き・学ぶ都市空間に、失われた自然をどう取り戻すのか』を実現するために、この時代に生きる一人の人間として、小さな変化を感じ探求する気持ちを大切にし続けたいと思っています。